アレキサンダーマックイーン (Alexander McQUEEN)
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ロンドン(イギリス)出身のファッションデザイナーアレキサンダー・マックイーン (Alexander McQueen)の名を冠したシグネチャーブランド。
伝統的な仕立て技術を身につけていながら、執拗なまでに攻撃的な演出・テーラーリングを多用。またニヒリズム(Nihilism)、ハイランド・レイプ(Highland Rape)などのテーマで刺激的なコレクションを発表し、「恐るべき子供(アンファン・テリブル)」、「イギリスファッションのフーリガン」などと評された。
バムスターパンツ(半尻状態の腰履きパンツ)は賛否両論の中でも注目を浴び、コンテンポラリーファッションの象徴的存在となった。
セカンドラインとしてマックキュー (McQ)がある。
伝統的な仕立て技術を身につけていながら、執拗なまでに攻撃的な演出・テーラーリングを多用。またニヒリズム(Nihilism)、ハイランド・レイプ(Highland Rape)などのテーマで刺激的なコレクションを発表し、「恐るべき子供(アンファン・テリブル)」、「イギリスファッションのフーリガン」などと評された。
バムスターパンツ(半尻状態の腰履きパンツ)は賛否両論の中でも注目を浴び、コンテンポラリーファッションの象徴的存在となった。
セカンドラインとしてマックキュー (McQ)がある。
コメント
スキンヘッドにタトゥーといった外見、非常に攻撃的な演出とテーラーリングから話題になることの多いマックイーンですが、実は英国紳士服のメッカとも言えるサビル・ロウ(Savil Row)地区で修行を積んでいます。サビル・ロウは日本語の「背広」の語源となったという説もある地区の名で、マックイーンのテーラーリング技術は同価格帯のブランドの中ではトップクラスではないかと思います。特に刺繍などのディテールは非常に精妙なものがあります。根底にはブリティッシュ・パンクの精神が流れているように思えますが、伝統的な技術に裏打ちされているからこそ、「反骨」という一言には収まりきらない大きなスケールを持ったブランドです。
歴史
1992年
アレキサンダー・マックイーン (Alexander McQueen)のセントラル・セント・マーチンズ卒業コレクションがヴォーグ(VOGUE)のスタイリスト、イザベル・ブロウ(Isabella Blow)の目に留まったことがきっかけとなりデビューが決定。自身の名を冠したシグネチャーブランドを立ち上げる。
1996年
ロンドンコレクションに参加。
2000年
株式の51%を譲渡し、グッチ (Gucci)グループの傘下に入る。
2002年S/S
パリコレクションに参加。
2004年
メンズウェアラインをスタート。
2006年
2007年S/S
サムソナイト (Samsonite)とのコラボレート「サムソナイト・ブラックレーベル・バイ・アレキサンダー・マックイーン(Samsonite black label by ALEXANDER McQUEEN)」で、旅行バックやアクセサリーを発表。
2010年2月
アレキサンダー・マックイーン (Alexander McQueen)が40歳の若さで死去。
2010年5月
サラバートンがクリエイティブディレクターに就任。
2011年
イギリスのウィリアム王子と結婚したケイト(キャサリン)・ミドルトンのウェディングドレスをデザインし、注目を集める。
オフィシャル
Alexander McQueen(英語)Copyright ©2009 Gyuut